エンジェル税制とは?仕組みを徹底解説!

2008年の税制改正に伴って「エンジェル税制」は大きく変化しました。投資家・起業家双方にとって多大な税制上のメリットがあるこの制度ですが、日本では個人投資家による出資が金融機関による融資などと比べ有力な資金調達先とは認識されていない点もあり、積極的に利用できている企業や投資家はいまだ多数派ではありません。

しかし、エンジェル税制は効果的に利用することで投資家側の税制優遇のみならず、企業・起業家側にとっても利点の大きなものとなっています。エンジェル税制の対象となりうる企業は中小企業やベンチャー企業を中心に多数存在するとみられ、こうした企業にとっては資金調達を強力にサポートする制度になり得ます。

この記事では、このエンジェル税制の概要や仕組み、そのメリットなどを紹介します。利用するか否かによって資金調達の難易度を大きく変えることもあるこのエンジェル税制。この制度を効果的に利用し、資金調達の助けとしましょう。

【エンジェル税制の概要】

「エンジェル税制」とは、創業間もない企業やベンチャー企業に対して投資を行った個人投資家へ、税制上の優遇措置を与える制度のことです。この「エンジェル」とは、投資や資金調達の世界において、創業期や事業が立ち上がってすぐの時期に起業家への出資を行う個人投資家たちのことを言います。

日本では「エンジェル投資家」、欧米などでは「ビジネスエンジェル」とも呼ばれます。 つまりエンジェル税制とは、このエンジェル投資家たちの投資を通常とは異なるものとして扱い、税制優遇措置を与える制度となります。

日本のエンジェル税制は1997年6月の「ベンチャー企業投資促進税制」から始まり、2004年、2008年の改正を経て現在の形となりました。エンジェル税制の創設当初は株式譲渡益を中心とした税制優遇措置であり、ベンチャー企業の創業促進には繋がりにくいものでした。

エンジェル税制は2008年の税制改正により大幅に税制上の優遇条件が緩和され、ベンチャー企業への投資を行うことで受けられる税制優遇措置などが登場したことで個人投資家側にとってメリットの大きなものとなっています。

エンジェル税制はベンチャー企業や中小企業の創業を促進することによって、経済の活性化を実現しようとする目的のもと定められた制度で、経済産業省や財務省などが中心となって推進しています。

【エンジェル税制が存在する理由】

では、どのような必要性からこのエンジェル税制が存在しているのでしょうか。それを理解するには、日本の起業・投資環境、特に資金調達の面についての特徴を知る必要があります。

日本では投資や起業についてややネガティブなイメージがあることや、投資の仕組みについての理解が進んでいないこと、また個人投資家への公的な支援制度が少ないことなど様々な理由から個人投資家が少なく、かつ活躍しにくい環境であると言われています。

事実、アメリカの株式世帯普及率は2005年の時点で全世帯の50%を超えたという調査結果があります。これに比べ日本の個人投資家の数は多くて数千万人、少なく見積もると1000万人程度と言われています。

"報告書は、冒頭で「米国は株式投資家の社会になった」(”America has become a society of equity investors”)と結論づけている。それは図表 1のように株式投信の保有による間接保有をふくめて株式保有世帯数が5千7百万に近づき、全世帯のうち株式を保有する世帯の割合が5割を超えたからである。"
『米国の個人株主実態調査』 日本証券経済研究所

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投資規模で言っても、欧米を中心にエンジェル投資家の活動は投資全体において大きなウェイトを占めています。海外では創業期や事業が軌道に乗るまでの期間の資金調達は個人投資家に頼ることが有力な選択肢のひとつですが、日本では主に自己資本と金融機関による融資が資金調達先となっています。


自己資本と銀行など金融機関からの融資はきわめて安定した、リスクの少ない資金調達の手法ではありますが、金融機関の審査に大きく依存する形になるほか、審査によってはそもそも貸付けがなされず、事業運営が不可能になるという欠点があります。

こうした性質から、日本は資金面においても起業家にとって厳しい環境があり、新規事業の創業が活発ではありませんでした。


新規産業の創出やベンチャービジネスの促進による経済の活発化が必要だと認識していた政府は、創業期の企業やベンチャー企業に対する個人投資家の投資を促進させること、つまりエンジェル投資家の投資を活発化させることが有効な手段であると考え、個人投資家に対し税制上の優遇措置を与えました。これがエンジェル税制です。


エンジェル税制はこうした目的と背景に基づき制度化されたものであるため、創業まもない企業、特にベンチャー企業に対しての投資を促進させることに適した仕組みがあります。この仕組を利用することで、投資家と起業家双方にとってメリットがある形で出資・資金調達が可能になっています。この点がエンジェル税制の大きな特徴です。

【エンジェル税制の仕組み】

エンジェル税制の対象となる企業・投資家にはそれぞれ要件が定められています。個人投資家によって資金が払い込まれた時点において企業側と投資家側がそれぞれの要件を満たしていなければ、エンジェル税制の優遇措置を受けることはできません。


エンジェル税制の優遇措置には2つの種類があり、それぞれ減税措置と対象となる要件が異なっています。
それぞれの優遇措置が対象とする企業の要件は以下の通りです。

  • 優遇措置A…創業3年未満の中小企業者であること・設立経過年数に応じた各要件を満たしていること
  • 優遇措置B…創業10年未満の中小企業者であること・設立経過年数に応じた各要件を満たしていること

設立経過年数に応じた要件とは、試験研究費の割合が収入金額に対して一定以上の割合であること、または新事業活動従事者が一定以上配置されていることを指します。

加えて、いずれの優遇措置においても最初の事業年度を経過している場合には、営業キャッシュフローが赤字となっていることが要件となっています。

この他、共通する要件として以下のものがあります。

  • 外部(特定の株主グループ以外)からの投資を1/6以上取り入れている会社であること
  • 大規模法人(資本金1億円超等)及び当該大規模法人と特殊な関係(子会社等)にある法人の所有に属さないこと
  • 未登録・未上場の株式会社で風俗営業等に該当する事業を行う会社でないこと

エンジェル税制でいう中小企業者とは、「中小企業等経営強化法」で定められているものをいいます。資本金の額や従業員数などが業種ごとに定められており、エンジェル税制を利用しようとする場合には厳密にこの要件を満たす必要があります。

個人投資家側が満たすべき要件は以下の2つです。

  • 金銭の払込により、対象となる企業の株式を取得していること
  • 投資先ベンチャー企業が同族会社である場合には、持株割合が大きいものから第3位までの株主グループの持株割合を順に加算し、その割合が初めて50%超になる時における株主グループに属していないこと

注意が必要なものは2つめの要件で、同族会社への投資のさい見返りとして株式を譲渡される場合、持株割合が大きな形で株式を所有してしまうとこの要件が満たせないことになり、優遇措置を受けることができなくなってしまいます。
これらの要件を投資家と企業双方が満たした上で、企業が都道府県に対しエンジェル税制適用対象企業であることや個人投資家からの投資が行われたこと等の確認申請を行い、投資家が交付された確認書を用いて確定申告を行うことがエンジェル税制を利用する一連の流れとなります。


エンジェル税制を利用した場合の優遇措置は、「投資時点の優遇措置」と「売却時点の優遇措置」の2つがあります。
投資時点の優遇措置には2種類があり、それぞれ対象企業への投資額から一定の金額を差し引いた額がその年の総所得金額から控除される優遇措置Aと、対象企業への投資額全額がその年の他の株式譲渡益から控除される優遇措置Bとなっています。

なお、優遇措置Aの条件を満たす企業の場合、投資を行う個人投資家は適用する優遇措置をA・Bどちらかから選ぶことが可能です。

売却時点の優遇措置は、投資対象の企業の株式を売却した際損失が発生した場合、その年の他の株式の売却益との相殺が可能となるというものです。また、この損失はその年に相殺しきれなかった分を翌年以降3年にわたって繰り越すこともできます。


エンジェル税制の申請・確認についてはやや手続きが煩雑になることもあり、事業運営や税制に関する知識に乏しい状態でこれらの手続きを行おうとすると事業者にとって大きな負担となる傾向があります。

こうした場合に心強い味方となってくれるのが、経済産業省や各都道府県のwebページと都道府県庁におけるエンジェル税制利用相談窓口です。経済産業省はエンジェル税制を主導していることもあり、この制度の普及とベンチャーの創業・成長を促すためさまざまな形で案内や相談、アドバイスを行っています。

経済産業省のwebページにはエンジェル税制要件判定シートという企業要件の判定から申請書類の確認まで可能なものもあり、エンジェル税制の利用の流れをつかむためにも一度閲覧しておくことが役立つでしょう。

【エンジェル税制を利用するメリット】

エンジェル税制を利用した投資を受けることのメリットは投資家と事業者双方にとって多数存在します。

個人投資家側のメリットは前述した通り、その年の所得金額からの控除をはじめとした税制上の優遇措置です。では、企業側がエンジェル税制を利用することのメリットとはどういったものでしょうか。企業側のメリットは大きく分けて2つです。

まず1つめのメリットは、エンジェル投資家の投資を呼び込みやすくなるという点です。

エンジェル税制には事前確認制度というものがあります。これは、個人投資家がエンジェル税制の対象となる企業へ投資を行おうとするときのため、エンジェル税制の対象であることを企業が事前に確認・公表することができるという制度です。

これを用いることで、経済産業省のwebページを通じてエンジェル税制による税制優遇措置を受けることのできる投資対象であることを個人投資家にアピールすることが可能です。エンジェル税制を利用したい個人投資家にとって、個別に対象であるか確認を取る必要がなくなることは大きなメリットであり、有力なアピールの手法といえます。

2つめのメリットは、エンジェル税制を利用するための諸手続きが、企業にとって資本政策を考えるよい機会になるという点です。株式上場を考えている企業の場合、いずれ事業計画から資金調達計画など長期的な企業活動の見通しを立てる必要が出てきます。

そして、エンジェル税制の適用には株主構成や資金調達先の割合をはじめ、キャッシュフローや従業員の配置・役職など企業活動の多くの部分を把握し整理する作業が必要です。この必要性のため、エンジェル税制を利用することは事業運営の全体像を掴み、長期的な計画について考えるきっかけともなります。

個人投資家からの出資を募る際にもこの資本政策に関するデータは非常に役立つため、資金調達にとっても有益なメリットといえます。

また、エンジェル投資家による出資のみならず、親族や友人からの出資についても減税措置が受けられることから、自己資本や家族・友人からの出資で資金調達を行う場合にも役立つ制度です。この点からも、創業期にある事業の資金調達においてはぜひ利用したい制度といえます。

【最後に】

以上のように、エンジェル税制はベンチャー企業をはじめとした多くの中小企業にとっての強い味方となりうる特徴をもっています。企業側においてはエンジェル投資家とのマッチングから実際に出資を受ける場合まで有益な場面の多い制度です。

創業から日の浅い中小企業・ベンチャー企業の場合は適用条件に当てはまることも多くなるため、エンジェル税制の適用と個人投資家による出資を受けるチャンスは多くなります。エンジェル税制を効果的に利用し、資金調達のもっとも重要な時期のひとつである創業期を乗り切ることは、事業と起業家にとって有益な経験となるはずです。

 

エンジェル投資家についての記事はこちら

https://shikinguide.com/guide/angel-tousika-syussi/